あまりのギャップに唖然とした。ピアノの向こうに下町のフランク・シナトラでも出て来るもんだとばかり勝手に想像していた。それにも増して、メロディーもリズムもあったもんじゃない。上司がカラオケと称した理由がそこで初めて理解できた。そもそも私はカラオケなど好きではなかったし、他人の下手くそな歌を聴かされるなどマッピラだと思っている。先ほどまで緊張していた私は、ポッキーのような物を噛りながら、げんなりしていた。さぞ周りも引いているだろうと見渡すと、予想を裏切り、とんでもなく聞き入っている。それぞれが何か別々の郷愁に思いを馳せらせ、静かに舌鼓を打っている感じがした。もう60歳を迎えようといった客がほとんどをしめているからと単純に思おうとしたが、それだけではないような気がする。少し間を埋めようと水割りを飲み干し、もう一度確かめるように調子はずれの歌に耳を澄ませた。するとそこにはフランク・シナトラがスポットライトに浮かび上がっていた。